第1話

「毎年この時期は、毛が抜け変わるから掃除が大変なのよね。困ったもんだわ。」


そう言いながら、ちっとも困ってなさそうな顔で笑って、彼女はその犬の体毛を丁寧にブラシで梳かす。

「はあ、そんなもんですか。」と僕は答え、

その余りにも芸の無い返事しか出来ない自分自身を情けなく思った。



「そうよぉ、そんなもんなのよぉ。」といって彼女は笑い、

僕はその笑顔のまぶしさに思わず目をそらす。




「はい、出来上がり。うん、上出来 上出来。」

抱きかかえた犬を放すと、彼はブルルッと体を振った後、やれやれ、といった様子で廊下のほうへ歩いていった。

それを見届けたあと、彼女は服に付いた犬の体毛をパンパンと威勢よく払いながら、



「ありがとね、手伝ってくれて。忙しいのにごめんねー。」と、僕に礼を言った。



「いえいえ。犬、好きですから、俺。」


そう言いながら、内心でその言葉の続きを想う。

(でも、本当に好きなのは 犬じゃなくて───)



…心の中でさえ、言いよどんでしまう、この想い。

ましてや、本人に伝えることなんて出来やしない。


それに、たとえそれを言えたとして。

いったいどんな答えが得られるというのだろう。


(彼女は、奥さんなんだ。しかも、うちの社長の───)


< 続く >


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この話はもちろんフィクションです。
もうちょっとましなもんにしたかったけど、僕の実力じゃこれが精一杯。

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